自己解析による偏見と客観視された自己との相違。

久振りに更新する。

私が、こっちに来て早11ヵ月が過ぎた。

なんか、こんな出だしばっかりだ。

入学して一言では片付けられないような

出来事が様々なことが在った。

本当に時の流れの早さを実感させられる。歳か?

忙しい日々に身を任せていたつもりだったが、

一体何のために私は今追われるように生きているの?

っとふと感じることがある。

目的意識が大分薄れていることに気づく。

最近また厭世的思考が強くなってきている気がする。

でも、自分はもっと嫌い。

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必定

今年初の更新となる。と言っても、

もう、新たな年を迎えて

早一ヶ月が過ぎ去ってしまった。

こちらは、日々増す冬の寒さに

打ちひしがれそうになりながらも、

なんとか今日を過ごしている。

 

 現在、大学が春休みに入り、

つれづれない日々とアルバイト

に励む日々とを過ごしている。

目的も無く、ただ怠惰を貪る日々に

私自身もう本当に痺れをきたしている。

 

 今では、本当に自分が選んだ道が

正しいのさえも分からない。

どうして、自分がここにいる必要があるのか?

と思うときさえある。

いや、正しさなんて何処にも無のだろう。あるのは、

望んだ結果にたどり着きたいと思う、自身の欲と、

世間から自己をある程度確立するための我慢。

その、二つが両端にあるシーソーのちょうど真ん中にいる

自分と言う存在だけだ。

ただ、今の私の場合望む結果(未来)がないから、

シーソーが極端に傾いているのだ。

昔から我慢強い方ではないので、

その我慢に対し、限界さえ感じているのだ。

 私が上福して10ヵ月。

日々の生活の様々な場面で自身の限界

をとくと見せ付けられ、悔しさを通り越し、

惨めささえ感じるときもある。

日々の生活で磨耗している私の精神が悲鳴を上げる

声も聞こえる。

こっちに来る前は、どんなに胸膨らませていただろうか?

どれだけ、やりたいことがあっただろうか?

あきらめるのは、早いが、

選択もまた早い方がいいだろう。

どうせ、器用な人間ではないので、

どの道こなせることは限られてくるのだから・・・。

そう、多分迷った挙句全てを投げ出してしまうだろう。

それは、自身の脆弱な心が齎す結果なのだと、

私は、知っているから。

毎回思うが、病んでる日記ばかりで申し訳ない。

何か、元気がでるコメントでも頂けたら幸いに思う。

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汚されるほどの何か

それを、私自身持っているのだろうか?

綺麗なココロなんてもう無いと信じていた。

今日は、こっちに一緒に上がって来た旧友と呑んだ。

ココロを許したつもりは無いが、愉しさを感じることはある。

日常が辛すぎる。「辛」と言う字と、「幸」と言う字はどこか良く似ているが

似つかぬモノなのだろう。

もう10日もすれば、クリスマスが訪れる。

別に、何でもないのだろうけど。その日も一人で呑むさ

こうやって意味の無いことばかり並べる

支離滅裂とした自分が嫌い。

あぁ、もう何もかもが鬱陶しくて仕方ない。

ホント、ココロなんて無ければ、楽なのだろうけど、

生憎私にはココロを無くしたまま生きてゆけるほどの

勇気は無い。つまりは、臆病なのさ、全てにおいて、

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誰かを求め続けた結果

もうすぐ今年も終わる。福岡に来て8ヵ月が過ぎた。

立ち止まってばかりだった一年。

歩き方を知らなかった。

何か一つのことに拘る事も出来ず、

ずるずるとまだ生きている。

自分の中で何か変わらなければならないものがあると思った。

何かを決意すべきだと思う。今動かないと一生駄目になってしまう。

しかし、私は自分と言う賽を自らの人生の中に投げることを躊躇している。

迷ってばかりだな、ホントに、何でなんだろ、

目的が欲しい、自分を熱くさせてくれる様な、そんな、生き方をしたい、

こっちの冬は一人で耐え抜くには厳しすぎる。

どうか、あなたに、この冬が通り過ぎるまでそばにいてほしかった。

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アーティスト:ゲーム・ミュージック,Suara

Pure-AQUAPLUS LEGEND OF ACOUSTICS-

 

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黄昏と涙と有難う

11月27日。秋とも冬とも区別のつかない時季。

私の心にもどこか似ている。

ってあれ?こんなこと前にも綴った記憶が・・・。

人の邪魔しかできないなら、私は生きる意味など無いのだろう。

人に悲愴感しか与えることができないのなら、

私は、いない方がいいのだろ。

約束を守れない私なら信用しない方がいいだろう。

信用されない私なら、きっと孤独を彷徨うのだろう。

自己の存在が正しいなんて思ったことは、一度とて無いけど、

人の存在までも否定するような人間では私は決してない。

 今日は久しぶりに泣いた。人の優しさに触れてしまった。

優しくしてほしくなんて無いのに、でも、

あなたのお陰で、私は生きる必要性を少し見出せた。

来年の春頃までは頑張れるだろう。この寒い冬を耐え抜く

のは大変かもしれないが、

その寒さを耐え抜く強さを私はきっと持っているのだろう。

だから、「有難う。」

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どうしてそんなにもあなたは、

遅くなったが4日前ボージョレのワインの解禁日だった。もちろん私も

その日に飲んださ、今年の豊作を祝い来年もまた豊作だあってほしいものだ。

欺瞞と意味合いと利害追求の果て

私を信頼しても信用はしない方がいい。私は嘘つきだから。

あなたのそのゆるい正義感にいつも振り回されていたが、もう、ウンザリだ。

今年もこの季節が私をネガティブな方向へと導く。

正しさの証明。そう、何が正しくて何が悪いのか?

私が生きていることは罪なのか?贖罪。昔これについては数多く考察してみたが、

結局答えは出ない。

だって、私は生きる意味など知らない、生きる意味合いそれは正しさへとは

直結しない。もう煩わしくなってきた。何もかもがだ、生きることへも死ぬことへも

全ては『めんどくさい』ただそれだけだ。

だから、嫌なのだこの季節は、このモヤモヤを背負ったまま、

又明日を生きなければならない。そこに正しさは尚のこと意味なんて無いのに

ただそこにいるというだけのこと。

教えて、私の生きる意味を・・・。

それと、昨日今日と熊本に行ってきた。久しぶりに旧友に会えて懐かしさとともに

嬉しさを感じた。その写真でも貼り付けておくか、(友人は写ってないけどwww)

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秋晴れ

最近、この地で過ごす秋にも慣れてきたと思う。

たまに見せる晴れ空はどこか私のココロにも似ていた。

何もかもが煩わしく感じられて仕方が無い。

もし、この世に神がいるなら、こんな世界なかったことにしてほしいくらいだ

どうせ、この世にはまともな奴なんていやしないのだから。

もう、生きことが面倒になってきたな・・・。でも、死ぬのも面倒に感じる。

結局何がしたいのだろう、自分、

毎年この頃になると半年遅れで五月病が発症するのは分かってはいるのだが・・・、

今年も、本当に色々ありすぎた、もう、それすらもどうでもいいことなのだけど、

結局人は生まれてから死ぬまで孤独なのだ。それで、いいじゃないか。

こんな日記誰も見ていないからこそ書けるのだと思う、

もしあなたがこの日記を今この瞬間読んだとしても、その後日記や私のことなど

簡単に忘れてしまうだろう。

人との繋がりなんてそんなものだから、仕方ない。

もうこれ以上言及するのも煩わしい、一層誰か私を殺しに来てはくれないか。

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気づけば2年。

ちょっとした手違いがあって、現在うpしてある日記は手直ししたものだ。どうでもよい事だけど、

ついに、一昨日私も10代最後の歳を迎えることとなった。正直自分でも実感は沸かない。そんなものだろう。しかし、どうでもいいと思っていたその日にまさか他人から祝ってもらうなんて一縷も思ってもいなかったからバイトに出かけそこでわざわざケーキ等を用意していたときには本当に涙腺が緩んだ。

この地に来て半年が過ぎたが正直まだこの地には、不安に思うことや訝しむべき事象が在り過ぎるてると感じる。慣れないのだとも思った。何度この地を離れようと思ったことか、環境が一変しそれであって正気でいられるほど私も大物でもない。しかし、なんだか、諦めにも似た感情が私自身、どうにか平静を保たせようとしている。極端にネガティブシンキングをするほどではなくなったが、常に自分に自信を持ち続けていられるほどの太い神経を持ち合わせていないことも同時に悟った。

私のアパートから見える田んぼの路肩にそっと咲く彼岸花に何故か惹かれる私がいる。

-今年は私にどんな毒を盛ってくれる?

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徴~きざし~

結局この一年も私の実になる事象はほとんど無かったのだろう。

人からはとやかく道徳について真実について説かれ。そんな分かりきった結果を人々は淡々と述べていた。だから今回もこんなことを記したとしても誰かは「お前は何も分かっていない」と反論するだろう。確かに今日の私は昨日とは違うし明日の私も今日とは違うだろう。しかし、そんなこと当たり前ではないか。私はもっとこう、私自身を躍動的にしてくれるイベントを欲したのだ。そう、結局環境が変わったとしても私自身はなんら変化は見られなかった。それが結果なのだ。何がほしいと一丸には言い切れないが、自分を凌駕し、驚愕させ、その結果で私を刺激的にさせる何かを求めたのだ。だから、世の人々が述べる「どうでもよくつまらない日常の理論」には興味ないのだ。

明日で私も10代最後の歳を迎えることとなる。自身と他者との矛盾(見解の相違)が一層私を孤独にさせる。この歳最後の日を私はまたしてもどうでもいいことに費やした。もう嫌なのだ。私自身の意志の弱さには飽き飽きだ。

自身の気持ちは目標に近い位置にあるのにどうして私には理論が付きまとうことが無いのか?

意志があるなら最後までその意思を貫く強さが欲しい。

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忍耐

どうやら、私の精神は日々の生活に磨耗し擦り切れてしまったのだろう。

どんどん疲労が溜まっている体で私にはどのようなアクションが起こせると言うのだろうか? 

今月に入って私はバーでのアルバイトを始めた。

と言ってもまだまだグラスを拭いたり、料理を作ったり、と言ったものしかできないが、

ゆくゆくは振れるようになると皆言う。しかし、私はそんなに長くはその職場に留まるつもりはない。

 この職場、いや、どのような職にも言えることだが、ほんとに大事なことは「コミュニケーション能力」なのだ。だから私もカウンターに立ち見ず知らずの客であったとしても会話を交わさなければならない。正直今の私には苦痛以外の何者でもない。しかし社会に出れば、それをごくごく自然に遣って退けなければならない。だから今は忍耐が必要。嫌なことを嫌と言ってやっていくには少々考えが甘すぎたと思う。だから今日もカウンターに立ちやってくる人々とまた言葉を交わし自己を認め合うのだろう。

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折れると言うこと

久しぶりに更新してみた、何ヶ月ぶりだろう?私は進学し、新たに自分を見つめ更なる向上を目指し、上福してきた。それから約2ヵ月、強い志を持っていたつもりだったが、やはり私は流されやすいのか?自分に甘えが出てしまう。一度堕落を味わうと、意志無き者は、何処までも堕ちてゆくだろう。しかし、私は知っていたのだ、自分が弱い人間であるということを、だからこそ堕落と規律との間で何とか中庸を保っていられたのだと思う。しかし、この地は人が生きてゆくには、過酷であると言える。その過酷さが一層私を堕落へと導く要因の一端を握っていると言っても過言ではないのかもしれない、この地は、人々が織り成す欲を満たす手段への導き、他者を知り理解すると言うこと、そんな他人認識を必要としている。この点ですでに私は他者との一定の距離を置くことでも自分の中庸を保っている。なぜなら上記の処理が私にとっては煩わしい以外の何者でもないからである。それと、この社会で生きてゆくうえで必要なことがあるとすれば、単純に挙げてゆくと、「我慢、タイミング、均整、期限」そんなとこだろう。そんなものに私はホトホトあきれ果て、理解に苦しむことが多々ある。なんだか、ここで生きてゆくことに対し心が折れてしまったようだ、弱音ばかり吐き前進せず、前を見るための眼もいつしか後ろばかり気にして、一体何が変わったと言うのだろう?行き先のない孤独なため息ばかりつき、私は今日もまた静かに眠りに入る。何のため?自分が成すべき目的すら忘れてしまったようだ・・・、それでも私にも明日はやってくる、明日どうなるかは誰にも分からない、しかし、こんな暗い気持ちで一日を送ったとしても良いことは起こらないだろう。かといって楽観して生きてゆける人間でもない、こんな私の明日は一体どうなるのだろうか?

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躍動するときへ

ついに、ついに、高校を卒業した。

束縛の無いこと。それは自由。

私は待ちわびた。やっと、手にしたこの瞬間。

野卑なことしかできない連中とはもうおさらばだ。

もう私と言う汚点を誰も是正する事はできない。

私の世に対する果断を隔てるものは無い。

本当は、不安じゃないのか?

強がっているだけではないのか?

卒業は自由なのか?

否めんよ!

その可能性が存在する事については、

確かに、大学に進学しても放埓な毎日を送るだけ

だとも思う。しかし、縛られていたときよりも、自分と言うものを

広い意味で知る事ができると考える。ポジティブなのさ、www

 私は、きっとここで終わりではない。私と言う存在がこの世に隆盛し続ける限り

私は躍動し続ける。躍動するために、私は敢闘し、繁栄し人を超越し続ける。

きっと、いつか私は。その躍動するときへ。

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18歳からの経営学―未来のリーダーたちへ

18歳からの経営学―未来のリーダーたちへ

著者:阪口 大和

18歳からの経営学―未来のリーダーたちへ

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決して崩壊しない器

昨日一家が心中を図った事件があったらしい。ニュースで先ほど知った。

全く知らない人なのに、事件なのに、場所なのに、なぜかその事件が

酷く痛ましく見えて、仕舞いに涕泣した。

悪いのはこの人たちではない。なら何が、この人たちをココまで追い込んだのか

やはりこの世にあふれる人々は、金によって踊らされているのか?

 人々はさまざまな人生を嘱望し、悲願している。

私はそんな人々のきわめて切実でキレイな人の生命・輝きをただ、ただ、守りたい。

そして、そのことに懊悩しているつもりの私は、

自己満足でこの人々を救いたいだのと軽々しく口にしてはいないだろうか?

本当に救いたいのか?

ただ、「可愛そう。」という言葉しか知らないのではないか?

いいや、違う。違うね。決して私はこんなことを軽々しく口にはしない。

私はただ、このことについて述懐しているだけだ。あんな事件を聞いて、

何も思わないわけが無い。俄然両手首以降が無くなった、

彼はどうやって生きて行けばいい?余計なことかもしれないが、

彼はまだ生きている。なら、生きて逝かねばならないだろう。

私は、将来彼に会いたいと思う。ただの同情ではなく、もっと、

それを超越する何かが、私にそうさせたがっている。

 所詮自分たちのことしか考えてはいないキャリアは何もかもに逡巡しあたかも

空疎な事柄を事実化正当化し、見栄を張ろうとする。もういやなんだ、

だから、どこぞの知事選やら仕舞いには国会議員を決める選挙まで、

ただの人気投票ではないのか?確かに私が変えれるとは思わない。

ならどうすれば・・・。

ずっと続いてゆく明日を知って行きたい。胸で浅く息していた。

もう躊躇いはしない、難渋した未来と知っていても私は、きっと、・・・。 

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人間なんてそんなもの。

 ブラウザを変えた。非常に使い難い。

前のヤツも遣い辛いはずだったのに、

慣れとは恐ろしいものだ。

 今、小論文を今書いている。

本当に自分はなにが言いたいのか、

疑問に思うときが多々有る。

ただ、良いことを書く。

いいや、違う。自分ではなにが本当で正しいのかの

感覚も、分からなくなっている。客観的にモノを見て

判断する。個人の客観性なんて正しさとは直結しないのに

ただ、世間ではそれが正しいと思い込んでいるのだろう。

 誰かが牽引して世を動かしているとは思わない。

しかし、結局人は自分では動けないことを私は知っている。

何故なら、私もこの鬱積をこうやって愚痴ることしか出来ないからだ。

行動に移せない残念な存在さ。D1010061

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偽りの利他心

終わったのか?
終わったさ。
センター試験は何事も無く過ぎた。かのように思われたが、
実は、何も残さず、ただ私に深い不快傷を残しただけなのだろう。

もうイヤだ、利己的な人間には孤独な人生がお似合いだ。私とて
好きで、こんな人間と共存したくは無いわ!しかし、幸福な事に
私もこの家にいるのも後、僅か。なので、私をあまり刺激しないでおくれ。
貴方の自分勝手な度忘れや思い込みで周りを動かそうとしないで欲しい。
確かに貴方の観点からは、世界は貴方を中心に回っているのかもしれない。
だけど、現実は違う。分かっているのだろうな。
私は幾度と無く思ったさ、貴方が消えてくれればと、
私の手を汚すのすら煩わしい
私は貴方があまりに怒り狂った私に畏怖する様子を思っただけで
笑いがこみ上げて来るさ。
盛者必衰これは世の必定だとつくづく思うことがある。もうこの家の事を
一顧してもよき思い出が蘇って気はしない。

「浮薄な知識で私に近づくと私に愚弄されるぞ。」

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本当に歩むべき岐路。

ココ最近私は『天使のいない12月』をプレイして来た。
がしかし、それもきょうで終わり・・・。もう終わり。

 この季節になると毎年このゲームをプレイする。
今年で何年になるだろう?
そして、自分と重ねるのだ。そう、事にもこの季節が来てしまった。
ついにこの鬱屈して最悪の月が私に舞い降りた…。
そうだ、天使なんていない。
しかし、この孤独、憂鬱から私を救って欲しい。暖めて欲しい…。
せめてこの冬が通り過ぎるまで…。
生きる事に臆病になりすぎて、いつしか生きる事への扉を自閉していた。
それは間違っていたとは到底今でも思わないが、
もう、なにが狂っているのかも分かりはしない・・・。
何もかも意味のない事のはずなのに・・・。

私たちには意味がない。それだけではない、世界にだって意味はない。
この儚くて限りある世界に、
私も世界もきっといつかは終わる。
だが、それを悔やんだとしてもしかたない。
それが運命だから、しかたのないことだから・・・。
私は悔やまないだろう。たとえ、
明日この世界の全てが失われて人の時代が終わりを告げたとしても・・・。


それは、永遠ではなく・・・・・・。真実ではなく・・・・・・。
ただ、そこにあるだけの想いなのだろう・・・・・・。

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手に届きそうな・・・空・・・。

何もかもが煩わしい。そして、憂鬱だ。
心が無ければこんなこと思わないのに、
苦しみも怒りもし無くて済むのに・・・。

したい事もするべき事も見つからない。

なら死ねばいいのか・・・?

死ぬキッカケも無いのに…。今は未だキッカケも見つけられない。
・・・、いや本当はキッカケなどいらないのだろう・・・。
死にたいときに死ねばいい。いつでも、どこでも人間は死ねる。
いつでも・・・。そうだ、できないのはキッカケのせいではない。
本当は心のそこから死を恐れているからなのだ。
全てが終わるのが怖いのだ。
だから、私は思う。怖いのだ。死ぬことも、生きることも・・・。
いっそうの事誰か私を殺してくれないだろうか・・・?

空を見上げても雲と時間ばかりが流れて行く。
Photo















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厭世家

私を操るのは誰だ?
何かがフラッシュバックして、胸がムカムカする。
息が詰まりそうなほど苦しい。落ち着かない。
落ち着くはずがない。
分かっている、確実に何かが狂い始めた…。
この世界は生きるには、狭くて、低くて、うっとうしい。
そう、生きている感覚がまるでしない。
だから、私は死にたがっている、言わば狂人なのだ。
もう手の施しようのない病にかかっている・・・。

生きていたって、何もない・・・。そう、何も・・・。
私がここに生きているのは、単に死ぬきっかけが無いからなのだ。
命のもろさを乗り越えられるほどのキッカケが無いからだ。
人と関わりたくはない・・・。関わってこなかったから
私は生きていられたのだろう。

この世界で生きていくには、人が沢山いすぎて、不自由で
、窮屈で、鬱屈で、虚し過ぎる・・・。

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もういない誰かとあたし

私の日常は淡々と流れてゆく。
私にも未来がある。そう、
何の意味もない未来が・・・。
本当に有るとは確証できないが・・・。
空を見る。夕焼けをだ。
その時だけ、奇妙な違和感が流れる。
それは全てを忘れさせてくれるような、
そんな・・・。まるで、空に誘われているようだ。
「こんなキレイな世界で死ねたらいいのに・・・。」
誰かの言葉だ・・・。死にたいの?死にたくないの?
だって、もう生きるのがつまらないのでしょう?
だったら死のう・・・死ねばイイ・・・。
それとも、全てが終わるのが怖いのか?
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変貌が欲しいわけではない。

・・・いつも通りのなんとなくどうでもいいような退屈な日常。
空っぽな頭の中は、常にどうでもいいことが占めている。
 誰も彼もが病んでいる。そう、誰も彼もがだ・・・。
だから・・・。
有っても無くても変わりない一日。
人は何が面白くて生きているのだろう?
きっとこの世の大多数の人間にはきっと何もない。
ただ生きているだけだ。毎日を欺きながら生きている。
その日を生きるためだけに生きている。苦しくないだろうか?

空を眺めていれば勝手に時は流れ出す。苛立つことも、悩むこともない。
ただこの世界の上から全て流れ去るのを眺めていれば良いだけだ。
退屈な授業。
退屈な学校。
退屈な世界。
そして、退屈な人生。
退屈と言うのはつまり中身が無く、することがない。ただそれだけのことだ。
しかし、中身と言うのは有っても無くても同じである。
この世にある中身なんてモノは全て
欺瞞と欲望と利害追求に彩られたものばかりだ。
だったら無くていいじゃないか・・・。
Photo

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極限での対峙

堕落。その先に待っているのは、永遠と言う贖罪。
生きる事は罪である。だから貴方は天に召すのです。
地を這うだけの貴方は羽根となり空へと飛んで行く。
悲しむ嘆くがそれは永遠ではない。涙も出ない。
苦しみは当の昔に忘れた。あるのはただただ絶望のみ。

そんな夢を見た。いつものことだ。私はいつ死ぬのだろう。
いつでもいい。覚悟はもうここにある。果たして私は
死ねるのだろうか?

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強情

また私は訳も無くココに来ている。空はもう暗い。
寒い。意味はない。それなのに私はまたここから
空を見上げ、街を見下ろしている。ただ、高かった。
それだけだ。意味はない。今はただ虚無でありたい。
そうなりたいと願っているのみ。また願うだけ、だから
私にはその勇気がないのだ。だからココまでノコノコと
やってきて、気を紛らわそうとしている。ズルイのだ。

 衝突ばかり起こり結局は解決できず『善処します。』
そういってその場から逃げるように去る。得意なやり方だ。
しかし私はもう、それにすら疲れてしまった。正直今ココで
死ねたらどんなにいいだろう。全てを無に還せるとは思わない
が、せめて、今、この寒い冬が終わるまではどうか私の弱さを
包み隠しておいて欲しい。それが虚無と言う存在からはいくらか
は遠いかもしれない、でもそれでもこの弱さと寒さを忘れられ
られるのならば・・・。
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真偽

お久しぶりです。私めもついには齢18となりました。
今日は、先ほど行われた、 WBCフライ級タイトルマッチ。
正直、腑に堕ちません。KOとは、簡単にはでないもの
なのですね。プロセスはどうあれ、結果は望んでいたもの
そのものでしたので、まぁ良しとします。
----------------------------------------------
真偽

人々は、何を信じ、何が真実なのかそんな単純な問いさえも
見失っている。誰かに敷かれたレールは確かにいつだって
正しくあると思う。
しかし、そんな真っ直ぐなレールの上では貴方は自分自身
を見失っているといえる。
 だから、私だけでも、自分と言う存在を身失いたくはない。
そう強く望むことが、私を強く活かしてくれていると信じている。
例えそれが、偽りであり私を媒体とする何かであったとしても・・・。

Photo

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彼岸花

現実を否定し、回避することで虚無の非現実
世界で生きる人物を私は育んできた。私は、
その人物の存在を肯定し続けてきた。
たとえその人物が私ではなくとも、その人物を
肯定することで、嘘・偽り・無意味な現実に生きる
自分にも希望と言う種を植え付ける事が出来ていた。
たとえその種が開花しなくとも私は厭わない。
 ある友人が言った、
「夢を持つことは決して悪いことではないが、
見続けることでそれは非となり、自己を滅ぼす。」と
正直、私はその言葉に義を見出せなかった。
それは今も変わらずにいる。

 秋が愁いと共に深まるにつれ咲き乱れる彼岸花は
             何を思い、また、散り逝くのだろう。

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冥界

愁いの秋はまた私の上をめぐる。
季節が移ろうことは悲しいことではないはず。
それなのに私はまた・・・。

全ては終わりを告げ、残りは私を孤独にさせ
この腑に落ちないドコにもやりようのない感情を
どうすれば、・・・。

明日にはこの世界が変わってしまい
この心をどうか遠くへと・・・。

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反逆

私はまた、裏切った。
他愛の無いコトだった。
仕方ないからまた笑っている。
何もか上手くいかないのだ。
歯がゆいだけだ。悔しいだけだ。
涙をこらえても、泣いてしまう弱さにまた苛立ちを感じてる。
だから、誰にも言わずに、私の胸の中にしまっておこう。

立ち上がる事さえ出来ず、また逃げ回っている。
それが私の強さなのだろう・・・。
確かに全てを上手くまとめようとは思わない。
心を癒せないまま、私はまた、つまらない意地をはるのだろう。

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欺瞞

積み上げた信頼はもろく儚い。

簡単なのは崩すこと。
困難なのは積み上げること。
しかし、失うと分かっていて尚も
我々は積み上げようとする。崩すつもりはなくても
簡単に崩す。結局何が狙いなのだ?

 己の欲・都合のために必要としたものを欲し、使い、
必要としないものは、切り捨てる。えらくご都合主義だ。
友情も愛情も結局は道具なのだ。全ては自分のために。

私は好きだ。この積み上げた信頼を崩すのが。人を騙すのも
苦にはならない。人はそれを悪とし、悪戯を嫌う。
だが、私は私の都合のためにそれを使う。何が悪い?
巻き込むつもりはないが、君は私にとってのコマなのだ。
だから、私はキミを騙してでも、上手く遣わしてもらう。
自分に儀があるとして動き働きそして何かを得れるのなら
それに伴う罪悪行為も又、儀があるだろう。
問題はそこではなく、人が自分のために働く『儀』に全てあるのだ。

キミは私を信頼できるか?

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非情な事情

先ほど、見たテレビ番組の感想を述べさせてもらう。

我が国はとても豊かで、国土を含む環境にとても恵まれていると思う。
だからこそ、それ以下というものを哀れんでしまうことがある。
今回もそのうちの一つだった。

哀れむのは簡単だ。しかし、我々は、その者たちに手を差し伸べてやることは
決して簡単な事ではないだろう。
私もきっと彼らに手を差し伸べる事は出来ないだろう。

 生きることに飽き、疲れ、限りない飢え、欲望とに見舞われ、
心さえも乾ききってしまう。そして、『生きる』その意さえも見失うだろう。
果てることのない『生』は時として人を『死』へと追い遣る力をも持っていると思う。
 明日何があるか分からなく、明日食べるものもあるのかも分からない。
ただ目の前に生きるのみ。彼らの考えは私にも分かる。
ただ私が願うのは闇雲でもいいからこの世界を暖かく導きたい。と

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認識

先程思った話ですが、

 私が思うことなのですが、やはり周囲からプロなどと称される人々はプレースタイル
およびセンスとは別に周囲への配慮と言うものもやはり多少なりとも必要ではないか
とも思いました。パフォーマンスと言う言葉を武器に好き勝手やればいいと言うものではないと思う。
だが、考え方は沢山あり、やり方もそれぞれだ。あえて否定はしない。
 自分を正論とする意志を貫くことに対しても反対はしない。しかしそれは時として自我への
うぬぼれでしかないことも分かって欲しい。世間ではそれをわがままとも言う。

ところで亀田大毅が10月11日に東京・有明コロシアムでWBC世界フライ級チャンピオンの内藤大助(宮田)に挑戦するそうですね。
ボクシングとかK-1とかはほとんど見ないのですが、ちょっと興味アリです。
 

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忘却

62年という、年月。
癒えぬ傷、忘れることの出来ない記憶、そして薄れゆく意識。
ここでは、もう、理想論を語るつもりもありません。
しかしながら、今のこの国の現状を見ていると、いろいろと言いたくもなります。

ただし、私はまだ学生の身。口出しをしたとしても、ココ止まりなのも分かっています。
だけど、
人から得た蜜で肥えたような老人たちにに、勝手にこの国の行く末を変えて欲しくはない。
私もいずれ社会に出てみればこの身でその意を実感することでしょう。
申し訳御座いません。本日は本来の趣旨からだいぶずれてしまいました。

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虚飾

21日まであと1週間。ここでは、あまり個人的なことは書き込みたくはないが
どうしても言っておきたいことがある。これは厳密に言えばあなたではなく、
私自身にだと思う。
 「失うことを恐れ、結局現状でしか満足しようとしないならば、
  最後には何も得ないだろう。失うことだけでなく、傷つくこと、
              何かが変わることを恐れてるのだろう私は。」

たまに思う。
この世界が私1人で出来ているのであれば、そんなに楽であろうと。
 明日は終戦記念日。
何も知らない私だが、黙祷ぐらいは捧げたく思う。

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感覚

お金よりも軽い友情ならいらない。
もったいぶる感覚ならいらない。
利己主義なのも自己満足なのも、目を瞑る。
しかし、いつのときも、結果は同じであって欲しいと願う。

 友人たちを遊びに誘ったが、やはり問題なのがお金。
何をするにもお金が掛かり、人はそれを嫌がる。
それを理由にするのなら構わないし、それを誤魔化す嘘も
私は時には必要だとも思う。しかし、
至るべき結果は一つであって欲しいと言うだけだNoでもYesでもだ。そんな訳で
結局わざわざ集まってくれたのは自分を抜かし1人のみといささか寂しいものだが、
付いて来てくれる人がいると言うのは、やはりうれしいものである。とも同時に感じた。
自分の都合ばかり言っている様では人に避けられてしまう。だからこそ
私は、もっと人に理解を持ちたいと考えた。
自分が人から嫌がられないよう必死になった結果だろう・・・。
何故なら、私もまた自己主義な人間だから・・・、

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懺悔

ついに、決断のときは来た。

 私は、己の愚かさを忘れていたのかもしれない。
いや、忘れたかったのだとも思った。しかし、
極論から言えば、忘れたところで、何も変わりはしない。
 

           変わるわけないのだ!
 

 人が、私を妬み、憎み、恨む。それならまだ優しさを感じる。
しかし、遠く見放されヒトリになる。それはもうかつての私を否定して生きてきた
私にとっては何事にも耐えがたい苦痛なのだ。
しかし、今度突き放すのは私の番であることを忘れるな、そして、そこには
私からの優しさが、あなたを滅ぼすことも覚悟しておくのですよ。 

     そこには、私と彼女と過去の私との訣別が用意されてるだろう。

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非情

人を評価するのは、人であり、
人を裁くのもまた、人である。

 今日は模試だった。学問で人の技量を図るのは嫌いだが
世間はその方法しか知らない。仕方がないの一言に尽きる。
自分が世間を非難し、逃げる口実は幾らでも創れる。
 だがしかし、視点を自分に向けてみると、
やりたいこと見つけようとしても、何も見つからない。
虚無主義な自分、
救いを求めても、神様なんていない。他力本願。
強迫観念に追い遣られる自分を必死で否定する自分、
終わりのない空を見上げても終わることしか思いつかない。
被害妄想だけで生きている自分、
どこかへ行こうとしても、私の背中に羽なんて生えてない。
分裂自我が今にも支配しそうな自分、

私には、
良識なんて無い
価値なんて無い
意味なんて無い
だけど、私はただ、この世の終わりも見たいだけ・・・。
ただそのためだけに生きている、そんな気がする。
だから私は、
世界のすべてが失われても、
人の時代が終わりを告げても良いと思う

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